推しとの生活

思いのまま。

One ANOTHER スピンオフ(リキside)

 

「リキ、今度の誕生日プレゼント、何がいい?」

「船!俺船がいい!」

「あんたは昔っから船ばっかやなあ」

「当たり前やろ!俺大きくなったら船長さんになんねん、大っきい船動かすのが夢やねん!」

「ほんなら1番最初のお客さんはお母ちゃんとお父ちゃんとアズな、楽しみやなあ」

 

俺は昔っから船が好きだった。小さい頃、家族で行った海で見た船が忘れられないのだ。船長になるなんて夢、お母ちゃんは本気にはしてないと思うけど俺は至って真剣だったりする。

 

俺が7歳の時、妹のアズサが生まれ、9歳の時には双子の弟ユウキとゲンキが生まれた。そして俺が中学3年に上がったばかりの時、お父ちゃんが死んだ。事故死だった。

お母ちゃんは悲しいはずなのに、一切泣かなかった。俺たちの面倒を見るために毎日一生懸命だった。

俺も悲しくないって言ったら嘘やけど、一生懸命なお母ちゃんと妹や弟たちと笑ってられる時間が何よりも幸せやった。

 

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「リキは進路どうするんや?」

担任の先生からの進路希望調査の催促がもう3回目になる。

「もうちょっと待ってもらってもいいですか?」

「そもそも親御さんに用紙見せたんか?はよせんと締切すぎるで?」

俺は迷っていた。

 

「母ちゃん、ちょっといい?」

「なんやねん神妙な顔して」

俺は進路希望調査の紙をそっと机の上に出した。

「俺、普通科の学校に進もうと思って……それでええと思う?」

「ええも何も、リキの人生なんやから、リキがしたいことすればええんとちゃう?逆に聞くけど、リキはそれでええの?お母ちゃん知ってんで、あんたの学校カバンの中に海洋学校のパンフレット入ってんの」

「え」

「リキは小さい頃から船好きやったからなあそういう関係の学校行きたいんちゃうの?」

「でもアズたちのこともあるし、しばらく家空けることになるし、お金かかるし

母ちゃんは黙って立ち上がるとどこからか見たことのない通帳を取り出してきて、そっと机の上に置いた。

「これはリキのお金。あんたが好きなことできるように、お父ちゃんとお母ちゃんが貯めたお金や。これでリキの好きなことしな?自分に嘘つくんが1番あかん。リキが家のこと助けてくれるんは助かるけど、リキの幸せがお父ちゃんやお母ちゃんの幸せでもあるんやで?」

「母ちゃん……ありがとう」

 

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そして俺は関西海洋学校に入学した。

全寮制の学校で1年生のうちは6人部屋で過ごしている。

大変なことももちろんあるけど大好きな船の勉強ができるだけで幸せやった。

家族からは時々手紙が送られてくる。この前は妹と弟の運動会の時に撮った家族写真が同封された手紙が送られてきた。

「リキ兄ちゃん、元気ですか?私は元気。運動会では組体操で船の形を作ったんだよ。リキ兄ちゃんにも見せたかったな」

アズは文章を書くのが上手だ。その文章の下に、船の絵が描いてある。多分ユウキが描いたんやろな。

「無理せず頑張ってね」

オカンからは一言。やけどこの一言が1番嬉しかったりする。

そんな手紙を見ていると隣からヤジが飛んでくるのもいつもの光景だ。

「また彼女か?えーなー愛されとって!」

「オトやめろや、別にそんなんちゃうし」

手紙は引き出しに、写真は胸元のポケットに入れる。そうすると、いつも家族と一緒にいられる気がするのだ。

 

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2年の終わりには2つのコースに別れる。航海士コースと機関士コースだ。俺は機関士コースに進むと決めていた。花形ではないんやけど、機関士がいないと船は動かない。いつも服は汚れてるけどそれが一生懸命な証みたいでかっこいい、まるでオカンみたいや。

「リキはどっちにするん?」

同部屋のシンジが2段ベッドの下から聞いてきた。

2年からは2人部屋になる。誰が同部屋になるかは先生たちが決めるから誰と一緒になるかは運やねんけど、なんとなくシンジは俺と考え方も似ていて、同部屋で過ごすには1番楽な人やと思ってたから、当たりだった。

シンジは航海士のお父さんに憧れてこの学校に入ってきたのは入学当初に聞いている。

「機関士コースにしようと思ってる。シンジは航海士コースやんな?」

「そうやな、航海士になるのが夢でこの学校入ったからな」

「俺らの夢がだんだん近づいてる感じがするなあ、3年になるんが楽しみやわ」

 

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コンコンコンッ

「こんな時間に誰やろ」

「どうせゲントクたちやろ」

就寝時間の10分前になる部屋のノックは大体彼らや。

シンジが細く扉を開けるとやはりゲントクだった。

「なあ、今からアユムと一緒にあれするんやけど一緒にこん?」

"あれ"とは教官たちが別室で終礼をしている間に教官室に入り込んでお菓子を盗んでくることである。俺らは食堂のご飯を食べてんねんけど、どうもこの時間になるとお腹が空いてしょうがない、就寝10分前になると教官たちが教官室を出て行くことはルーティンで、それを知ってる俺らは何度もお菓子を盗むことに成功している。

「ええけど、もう今日で最後にしようや、そのうちバレるで?」

シンジは正義感が強い、だからこういう誘いもある程度楽しんだらやめようとはっきり言える。

俺も大体同じことを思ってんねんけど、いつもそれを言葉にしてくれるんはシンジ。シンジのはっきりものが言えるところを俺は尊敬してる。

「分かってるって、はよいかんとソウシ先生たち戻ってくるで?」

「はいはい、リキも行くやろ?」

「おう」

 

教官室に入ると、ソウシ先生のロッカーに向かう。ソウシ先生のロッカーには紙が貼ってあるからよく分かる。

 

———遠くで誰かが今、僕を呼んでいる気がする。特別な心であてもない旅に出かけよう。

 

なんの言葉かは分からないが、きっと先生が大事にしてる言葉なんだろう。

お菓子が入っているのはロッカーの下の段だ。

そっとロッカーを開けるといつものところにお菓子があった。1人ずつ手で掴める程度いただいて、そっとロッカーを閉める。今日も大成功だった。

 

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この学校では年に1度、実際に海に出て学ぶ航海実習をするのが定例となっている。

機関士コースとして参加するのは初めてである。

前日の夜、荷物をまとめていると、シンジが話しかけてきた。

「なあ、機関士コースは今回の実習でどんなことするん?日程表見るとほぼ航海士コースと一緒やけど2日目と3日目の午後だけちゃうねんな」

「ほんまや、何すんねやろ、たぶんケイゴなら知ってると思うけど」

「やっぱそんなんよな、こっちもたぶんオトしか知らんねんな」

俺らの同期の中でオトとケイゴは特別だった。特別リーダーが決まっているわけではなかったが、2年の時のボートレースで2人が先導と舵取りをしていたこともあって、自然とリーダーのようになっていた。それで優勝を勝ち取れたわけだし、それに文句を言う人もいなかった。この2人が別々のコースを選んだことで、各チームのチームリーダーのようになっている。

「まああの2人がそのうち伝えてくれるやろ」

 

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いよいよ航海実習が始まった。

甲板を掃除したり、実際に船を操縦したり、、四六時中船の上にいるのは初めてやったから毎日とても楽しかった。

 

だが実習3日目。荒天。思いもよらない事件が起こる。帆を畳むためにマストに登ったオトが足を滑らせてしまい、それを助けようとしたソウシ先生が船から投げ出されてしまった。

船は知らない島に座礁した。

 

「みんなごめん!俺のせいで、、」

オトは必死に謝ってたけど誰もオトのせいなんて思ってない。

「まだ死んだってわけやないやろ」

「あんな海に投げ出されて、死んだに決まってる」

みんなが言い合いを始めた。俺やって先生が死んだことは認めたくなかったけどケイゴの言うこともわかるし、でも言い方があるだろ。

でも俺はこういう時言い出す勇気がない。オトのせいでもないしケイゴの言ってることもわかるから。やし、俺の言いたいことは大体シンジが言ってくれたりする。

 

言い合いをしていると2年生のシンがどこかへ走り出してしまった。シンはソウシ先生に進路の相談をしてたし、先生も何かとシンのことを気にかけてる感じやったから、より親密な関係やったやろうし、今回のことがショックやったんやろう。

それに続いて他の2年生たちも走りだす。

こんな知らん島で2年生だけで行動するんは危ない。

「俺、ちょっと見てくるわ」

「俺も行く」

タスクもついてきてくれた。

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シンは海岸で泣いていた。

それを追いかけてきた2年生たちも近くで泣いていた。

「なあ、まだ先生が死んだって決まったわけやないし、今やれることしようや」

俺は今言える精一杯の励ましの言葉をかけることしかできなかった。ケイゴの言うようにあんな海に投げ出されて、生きてる方が奇跡やと思うけど、今はその数%にかけるしかない。

しばらくしてセナが立ち上がった。

「俺、、魚いるか見てくる、何も食料ないんはしんどいわ」

2年生のリーダーはセナ。セナの行動力のあるところはたぶんみんなが尊敬してる。

「俺も行くわ」

「俺も」

次々と気持ちを切り替えて食料探しに行く2年生。やけどシンだけはなかなか切り替えができてないようやった。これは時間がかかりそうや。しかたない。

たしか、シンの兄もソウシ先生と同じように海の事故で亡くしたっていうのを聞いたことがある。それが本当なら兄と被るところもあるんやろう。

「ええやん、魚取れたらみんなで焼いて食べようや」

「先輩は先輩で採ってくださいよ?」

「わかったわかった、ほんなら向こう戻るわ、がんばれよ!」

 

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浜辺に戻ると、機関士コースのみんながいなかった。

2年の子ら、向こうの海岸におったわ、シンはまだ立ち直れてないみたいやったけど他の子らは魚とってる。まだ心配やけど多分大丈夫や。、、ケイゴたちどこいったん?」

「船の電気系統見に行くって船に戻ったで」

オトの声色がいつもと違う。

「そっか、ありがとう、俺も行ってみるわ」

 

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船に戻ると、カナデが機械室にいた。

「ダメや。機械系統全部壊れてる」

「マジか。やっぱ船で過ごすんは厳しいか。オトたちのところ戻ろっか」

「多分戻らん。あの後浜辺でオトとケイゴ喧嘩してしまってな、俺らは船が安全やから船で過ごした方がいいと思ってんけど、オトたちは浜辺の方が安全やって船に来ようとしんくって。意見が完全に2つに分かれてしまった感じ。」

「そうなんや、、、」

俺が2年生の様子を見ている間に状況が変わりすぎていた。

「とりあえず、ケイゴたちに伝えに行こ」

 

「ケイゴ…機械系統全部ダメやった」

「オトたちのところ戻ろっか」

予想通り、ケイゴは戻らんって言った。本当はケイゴもオトのせいやないことくらい分かってるはずやのに、何であんな言い方したんや。これじゃあオトたちが飢え死にしててもわからない。

自分だけでもオトたちのところに行って状況を伝えるべきなんか、でも俺らはチームや。これ以上バラバラになったらケイゴだけが孤立してしまう。

「オトたち、はやく謝りにきてくれたらええんやけど、、」

俺は心の声が出てしまっていたようだ。

 

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次の日、カナデとゲントク、レントと一緒に船の中の食料を探した。緊急用の食料が積み込まれてるって授業で習った。きっとどこかにあるはず。

「ここにあったか、大丈夫、まだ濡れたりしてない、よかった〜」

「とりあえず甲板に集めようや、これ以上船が沈んで濡れたら困るしな」

 

集まった段ボールは3箱分やった。

「ざっと見て3日分ってとこやな」

ケイゴが機械室から戻ってきた。昨日から、なんとかして直らないかと何度も機械室に足を運んでいる。

「ケイゴ、食料これだけあったで。オトたちのところにも届けようや」

当たり前のことを言ったつもりだった。

「それは俺たちで食べよう」

「俺たちっていうのは、、?」

「船にいる、俺たちってことや」

「それはちゃうやろ」

まだそんなこと言ってるんか、そんなこと言ってたらオトたちが飢え死にしてしまう。

「、、もし俺たちだけで食べたら、、ざっと3倍はもつな」

ゲントクまで。

「俺は、、俺たちだけで食べてもいいと思う、あいつら好んでこっち来んかったんやから。食料が3倍もつってことは生き延びる期間も3倍になるってことやろ?」

レントまでこの始末。

みんなおかしくなってもうたんか。

「ちゃうやん、、ここの食料みんなで食べて、無くなったら木の実でも魚でもとって食べたら、、」

「甘いねん!俺らにそんなサバイバルできるわけないやろ!」

「でもっ…!」

仲間は助けたい、でも自分らを犠牲にするのも怖い。俺はこれ以上言葉を返すことができなかった。

 

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俺は水を1本持って海岸に来た。

もう分からんかった。船が直るかも分からん、誰かが助けに来てくれるんかも分からん、島に他の食料があるんかも分からん、明日生きてるんかも分からん状況で、人のことまで心配してる俺はめでたいんか?

俺らだけで食料を独占して俺らの助かる確率を上げるのか、確率は下がるけどみんなで食料を分け合うのか、どうしたらええんや。

こんな時、オカンやったらどうするやろ。

胸ポケットに入っていた家族の写真を取り出す。

オトやシンジはこの水すら飲めてない、もしかしたら今頃喉の渇きに苦しんでるかもしれへん。

 

 

 

、、、俺は仲間を見殺しにするなんてできへん。

 

 

 

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みんなが船の中で寝ているのを確認して、俺は甲板に来た。

空いている段ボール箱に水、レトルトの食料を詰め込む。2年と、オトたちの分。

俺らだけで独占するなんて、やっぱりおかしい。

日が昇る前にオトたちのいる浜辺に置いてこよう。誰が持っていったっていい、みんなで生き延びようとする気持ちがオトたちにも伝われば、またみんなで1つになれるはずや。

 

「お前、何してる!」

ゲントクに見つかってしまった。段ボールを取り上げられそうになる。

「やめろ!こんなんおかしいって!オトたちにも持ってくべきや!」

「何だ?」

ケイゴたちも騒ぎを聞いて来た。ああ、作戦は失敗か。

「おかしいって、俺らだけで食べるのは!」

必死に伝える。きっと分かってくれるはず。今俺らがせなあかんのは、みんなで生き延びることや。

ケイゴが呟いた。

「、、オトたちも早く謝りに来たらええのに。そしたら食料分けるのに」

知ってる、ケイゴだってみんなで生き延びることを1番に考えてる。けど、この意地っ張り、どうしたらええんや、、

 

「先輩!先輩!大変です!!オト先輩たちが、、!」

「どうした?あいつらがどうかしたんか?」

「とにかく浜辺に来てください!!」

2年がこんなに必死に呼びにくるんだから向こうに何かがあったに違いない。俺は食料を持ったまま走り出していた。

しかし段ボールいっぱいにつまった食料は軽くはない、だんだんとみんなの輪から外れていくのがわかった。今は食料どころではない、とにかくオトたちを助けなければ。

気付けば俺は段ボールを置き、全力で走っていた。

 

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浜辺に着くと、オトたちも今ここに着いたような様子だった。

俺は真っ先にシンジの元に駆けつけた。正義感の強いシンジのことやから、みんなで生き延びるために1番よく働くだろう、何かあったのはシンジなのではないかと1番心配だった。

「シンジ、大丈夫か?」

「リキこそ、大丈夫なんか?」

上から下まで見てみたが、服の汚れ以外に特に変わった様子はない。

 

2年の様子がおかしい。

「この後どうするか考えてなかった!」

 

どうやら俺らは2年に騙されたようだ。

アユムやゲントクは2年の子らが後輩のくせに俺らを騙してここに連れて来たことを怒っていたけど、俺は自分自身の不甲斐なさにイラついていた。

俺もなんとかしてオトとケイゴの気持ちを元に戻したいと思っていたけど、こんな大胆に行動に移すことができんかった。俺だけでもオトたちのところへ行って、ケイゴの本当の気持ちを伝えればよかった。

2年の子らにまで心配かけて、俺ら何やってんやろ。

 

ケイゴもゲントクも、ここまで来てまだ素直になれない。

カナデがせっかくいいパスを出したのに。

「ケイゴ!お前いい加減、、」

 

「先輩たち、なにやってんですか!ソウシ先生が口酸っぱく言ってたこと、なんにも分かってないじゃないですか!」

シンが言葉を発した。ソウシ先生が海に投げ出されてしまって1番悲しんでいたのはシンだ。

 

——船は1人じゃ動かせへん。

 

何万回も聞いた言葉なのに。分かってたつもりなのに。シンの言葉にハッとさせられた。

シンの後ろにソウシ先生の幻覚が見える。先生から叱られてる気分や、ごめんなさい、俺、分かってたつもりやったのに、なんも行動にできんかった、先生、ごめんなさい。

 

気付けば浜辺を走り出していた。ソウシ先生を亡くした悲しみ、自分への怒り、情けなさ、いろんな感情が込み上げてきて、それが言葉になる前に体が動いていた。

みんな走っていた。泣きながら。感情をぶつけて。

 

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走って、走って、走り疲れて。

みんなが浜辺に倒れ込んだ。

 

もう、みんなの気持ちは同じだった。

「みんなで生きて帰ろう」

 

「遠くで誰かが今、僕を呼んでいる気がする。特別な心であてもない旅に出かけよう、兄ちゃんが好きやった言葉です」

突然、シンがその言葉を口にした。手には裏にこの言葉が書いてある写真を持っていた。

 

どこかで聞いたことがある。記憶をたどった。、、、ロッカーや。ソウシ先生のロッカー。

オトが真っ先に気付いた。

「それ、先生が尊敬してる人が言ってた言葉やって、、先生が尊敬してる人ってまさか」

「海の好きな、僕の兄ちゃんです!」

先生と、シンの兄ちゃんが知り合い?やからソウシ先生、シンのことよく気にかけてたんか。

きっと先生、この大事な言葉を改めてシンに託したんやな。先生が、シンが、僕らを1つにしてくれた。俺らは生きて帰らなきゃ行けない。遠くで待ってる誰かのために。

 

海を見ろ

風を読め

波を感じろ

潮の香りをかげ

空を見ろ

雲を読め

雨を避け

太陽の光を浴びろ

目的地が見えるまで

進み続けろ

幾千もの星が瞬く

暑く寒い夜を越え

決して諦めず

進み続けろ

その手で舵をとり

自らの羅針盤を信じ

この海を進め

夢に辿り着くために

One ANOTHER…………意味:お互いに

1人じゃ船は動かせへん。お互いを信じる心が船を動かす。ここでの出会いと学びは俺の大きな財産になった。

 

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数年後。

俺は機関士の資格をとり、海洋学校を卒業した。

今日は、機関士として初めて船に同乗し、勤務する日。客船である。機関室からは海は少ししか見えんけど、目的地に辿り着いた時はほっとした。途中で作業も入ったから服も顔もドロドロ。顔を洗って缶コーヒーでも買おうかと陸に降りると、見覚えのある顔があった。

 

「オカン?アズ、ユウキ、ゲンキも!」

然の家族の顔にびっくりして次の言葉が出てこんかった。

「リキ、今日がデビューっていうんに全然教えてくれんやん?会社の方がチケットくださったんやで」

どうやら、俺のデビューを家族に知らせたのは会社の上司のようだ。確かに、入社した時、俺が仕事する最初の船に家族を乗せるのが夢なんて話をしたような気がする。毎日が忙しすぎて家族のことを考える余裕がなかった。ありがとう上司。

「リキ兄ちゃん、服ドロドロやん」

「顔も汚れてるで!」

2人の弟が俺を見てやいやい言っている。

「ほんまやな、でもかっこええやろ?」

オカンはこういうことを言うのに躊躇いがない。顔についた汚れを綺麗なハンカチで拭いてくれる。

「やめてや、恥ずいわ」

「リキ、ほんまかっこええで、がんばってるな」

ありがと」

恥ずすぎた。けど嬉しかった。海洋学校では楽しいことだけじゃなくて辛いこともたくさんあって、もちろん俺も努力してきたつもりやけど、俺の夢を叶えるチャンスをくれたんは間違いなくオカンや。遠くにいてもずっと気にかけてくれてたんやと思うと目から涙が溢れた。

「あれ?リキ兄ちゃん泣いてんの?」

「は?泣いてへんし、ちょっと顔汚れてるし洗ってくるわ」

「あ!その前に写真撮ろ!写真!リキ兄ちゃんのデビュー記念!」

アズがスマホを取り出す。

「はい!いい顔してー!!!」

 

———カシャ。

 

ドロドロの服と汚れた顔。これが一生懸命な証みたいでかっこいい。憧れていた姿がそこにはあった。

「じゃ、俺仕事あるから!顔洗ってくるわ!」

溢れ出そうな涙を隠しながら俺は機関士としての人生を歩み始めた。

 

fin